旅の仕事のいいところは、その土地でしか食べられないものに、出会えることだ。
有名な名物の話ではない。
むしろ、地元の人が「えっ、こんなもの?」と不思議がるような、
ごくありふれた、その土地の日常食のほうが、面白い。
先日の取材先では、定食屋の小鉢で、見たことのない山菜の煮物が出てきた。
名前を聞いても、聞き慣れない方言で、よくわからない。
「このへんでは、みんな食べるよ」とのことだった。
うまかった。少し苦くて、土の匂いがした。
こういうものは、たいてい、よその土地には出回らない。
売り物になるほどは穫れないし、その土地の人しか食べ方を知らない。
だから、その場所に行かないと、食べられない。
地名と同じだな、と思う。
その土地に根ざしたものは、外に出ると、意味を失う。
山菜も、地名も、伝承も、
その土地の文脈の中にあって、はじめて生きている。
引っこ抜いて、よそに持っていくと、ただの「珍しいもの」になってしまう。
——と、煮物ひとつで、また大げさなことを考えている。
食い物の恨みならぬ、食い物の思索である。
ともあれ、ごちそうさまでした。

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