廃村

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栄沢のこと(一) ――二つの名前を持つ廃村

少し前から予告していた、あの集落のことを、ようやく書こうと思う。書こう書こうと思いながら、なかなか書けずにいた。というのも、どこから書けばいいのか、自分でもよくわからなかったからだ。いや、わからなかったというのは少し違う。書きたいことが多す...
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誰かが、記録していた

古本屋で、ある写真集を見つけた。個人が自費出版したものらしい。タイトルも素っ気ない。「○○村の記録」。中身は、もう廃村になった、ある集落の、暮らしの写真だった。おそらく、その村の出身者か、近くに住んでいた人が、村が消えていく前に、せめて記録...
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道は、いちばん最後まで残る

廃村を歩いていると、いつも同じことを思う。建物は、案外あっけなく消える。木造の家屋なら、十年も放っておけば屋根が落ちる。二十年で柱が傾き、三十年も経てば、もう床がどこにあったかもわからない。草が呑み、土に還る。人がいたという証拠は、驚くほど...
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「希望」という名の駅が、いくつも消えた

廃線跡を歩くのが好きだ、という話は、前にも書いた。廃線には、廃駅がある。列車が来なくなり、人が降りなくなった、駅の跡。そういう場所の「駅名」を集めていると、あることに気づく。北海道や、東北の開拓地に、妙に前向きな駅名が、多いのだ。「希望(き...
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使われなくなった隧道のこと

廃道歩きの中でも、隧道(トンネル)は、特別な存在だ。新しいバイパスができて、旧道が使われなくなると、その途中にある古い隧道も、役目を終える。封鎖されることもあれば、ただ放置されることもある。先日歩いた旧道にも、そういう隧道があった。明治か大...
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廃村を歩くときに持っていくもの

「廃村めぐりが趣味です」と言うと、たいてい変な顔をされる。心霊スポット的なものを想像されることが多いのだけれど、ぼくの興味はそこにはない。幽霊にもオカルトにも、正直あまり関心がない。ぼくが見たいのは、かつてそこに人が暮らしていた、その生活の...
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廃屋に、めくられないままのカレンダーがあった

廃村を歩くのが、趣味だ。誰もいなくなった集落を訪ねて、かつての暮らしの痕跡を、ぼんやり眺める。悪趣味だと言われれば、否定はしない。でも、ぼくにとっては、歴史の本を読むのと、あまり変わらない。活字になる前の、名もなき人の暮らしが、そこには、転...
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残されたものは、なぜか生活の細部だ

廃村を歩いていて、いつも不思議に思うことがある。人がいなくなった家に残されているのは、たいてい、どうでもいいような、生活の細部なのだ。立派な仏壇や、高そうな家具は、たいてい持ち出されている。当たり前だ。価値のあるものは、引っ越すときに持って...