取材で地方を回っていると、ときどき、
その土地のことを、驚くほどよく知っているお年寄りに出会う。
どこそこの沢では昔こんなことがあった、
あの山の向こうには昔は集落があった、
この地名はこういう謂れだ——
そういう話を、まるで昨日のことのように、生き生きと語ってくれる。
こういう話は、本やインターネットには、まず載っていない。
土地の記憶として、人から人へ、口で伝えられてきたものだ。
文字にならなかったぶん、生々しくて、面白い。
ただ、そういう話を聞かせてくれる人は、年々、減っている。
当たり前のことだ。語り部の世代が、高齢になっていく。
そして、その話を受け取る側——若い世代は、土地を離れていく。
だから、話が、受け継がれない。
語る人が亡くなると、その人の頭の中にあった土地の記憶が、まるごと消える。
図書館の蔵書が、一冊、また一冊と、燃えていくようなものだ。
しかも、その本は、一冊しかない。写しもない。
ぼくのような者が記事に書いたところで、
それはもう、生の記憶ではなくて、ただの「情報」になってしまう。
あの、語るときの目の輝きや、間の取り方や、
ふと遠くを見るような表情は、文字には残せない。
それでも、書かないよりは、ましだろうと思って、書いている。
今年も、何人かの方に、貴重な話を聞かせてもらった。
その何人かは、来年も、お元気でいてくれるだろうか。
そんなことを思う、年の暮れである。

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