地図を眺めていると、ときどき、ぎょっとする地名に出くわす。
少し前に見つけたのが、「七人塚(しちにんづか)」だった。
バス停の名前として、現役で残っている。
毎日、何の気なしに、人がそこで乗り降りしている。
七人塚前、次は——というアナウンスが、流れている。
塚、というのは、たいてい、何かを埋めた場所だ。
そして「七人」と、数がはっきり付いている場合、
これは、ほぼ間違いなく、七人の人間が、そこに葬られている。
楽しい由来であることは、まず、ない。
気になって、調べた。
そして、思いがけないことが、わかった。
「七人塚」という地名は、ひとつではない。
全国に、ある。それも、十か所以上。
北は東北から、南は九州まで。
まったく無関係の土地に、ぽつり、ぽつりと、同じ名前の塚がある。
そして、その由来が——どれも、驚くほど、似ているのだ。
ある土地では、飢饉の年に直訴して処刑された、七人の義民の塚。
ある土地では、落ち武者が七人、この地で討たれて葬られた塚。
ある土地では、悪疫で同じ日に死んだ七人を埋めた塚。
ある土地では、口減らしに間引かれた、七人の子の塚。
土地が違う。時代が違う。事情も違う。
なのに、いつも、「七人」なのだ。
なぜ、七人なのか。
実際の死者が、きっかり七人だったのかもしれない。
でも、十か所以上、すべてが、たまたま七人。そんな偶然があるだろうか。
たぶん、「七」という数のほうに、意味がある。
七は、古くから、特別な数だった。
七日。初七日。七回忌。七不思議。
死と、弔いと、この世ならざるものに、よく結びつく数。
だから、こうではないか。
名もなき人々が、理不尽に、まとめて死んだ。
その数が、五人だったか、八人だったかは、もう、誰も覚えていない。
でも、その「まとめて死んだ」という記憶を、土地に刻むとき、
人は、無意識に、「七」を選んだ。
弔いにふさわしい、不吉で、神聖な数として。
事実の数ではなく、記憶の数。
それが、「七人塚」なのではないか。
そう考えると、全国に散らばる七人塚は、
別々の事件の記録であると同時に、
「理不尽な死を、人はこう記憶する」という、
日本人の心の、共通の型のようにも見えてくる。
——学生のころ、ゼミの先生が、口癖のように言っていた。
「なぜ、似たものが、別々の場所にあるのか」。
あのころは、その問いの大きさが、わからなかった。
いま、全国の七人塚の分布を眺めていて、ようやく、少し、わかる気がする。
人間は、遠く離れていても、同じように、世界を感じる。
同じように、悲しみ、同じように、弔い、同じように、忘れまいとする。
だから、別々の場所に、似たものが、生まれる。
それは、美しいことだ。
人間の心が、根っこのところで、つながっている証拠なのだから。
——たいていの場合は。
* * *
ところで、これらの七人塚は、いま、急速に、消えつつある。
不吉だ、縁起が悪い、という理由で、区画整理のたびに、改名されていく。
「みどりが丘」や「ひばりヶ丘」に、なる。
冒頭の、あのバス停が残っているのは、もう、奇跡のようなものだ。
地名が消えれば、記憶も消える。
七人が、なぜ死んだのか。
なぜ、その数が、七だったのか。
誰も、思い出さなくなる。
だから、ぼくのような人間が、ひとり、こうして掘り起こして、書いておく。
誰かが覚えていたほうが、いい気がするので。
> ※各地の「七人塚」のおおよその分布です。県市レベルの概略で、正確な所在地を示すものではありません。
(地図:全国の七人塚 分布図)
こうして点を落としてみると、改めて、思う。
この国は、ずいぶんたくさんの、名もなき死を、地面の下に抱えている。
そして、そのほとんどを、もう、忘れている。
忘れて、ようやく、ただの地面に戻れる、ということも、あるのだろう。
それでも、いくつかは、覚えておきたい。
——という、地味な記録である。

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