あけましておめでとうございます……と書くには、もう遅すぎる時期になってしまった。
正月は実家でだらだらしていて、すっかり更新をさぼっていた。
年末年始、古い地図を眺めて過ごしていた。
ぼくの数少ない趣味のひとつだ。
国土地理院の地形図の、できるだけ古い版を見比べる。
明治、大正、昭和初期……同じ場所が、時代ごとにどう描かれているか。
そうやって何枚も見ているうちに、当たり前のことに気づく。
建物は変わる。道も変わる。地名すら変わる。
でも、川だけは、ほとんど変わらない。
集落が消えても、線路が剥がされても、
川は、明治の地図とほぼ同じところを、いまも流れている。
当たり前といえば当たり前なのだけれど、
人の営みの儚さと並べてみると、なんだか妙な気持ちになる。
考えてみれば、人が土地に住むとき、
最初に頼りにするのは、たいてい川だ。
水を汲み、田畑を潤し、ものを運ぶ。
だから古い集落は、ほとんどが川沿いか、湧き水のそばにある。
川が先にあって、人があとから来る。
人は去っても、川は残る。
川は、人より古いのだ。
これは地名の話とも繋がっていて、
古い地名には、川や沢や水に由来するものが本当に多い。
「〜川」「〜沢」はもちろん、
ぱっと見ただけでは水とわからない地名でも、
遡ると「水が湧くところ」「川が曲がるところ」みたいな意味だったりする。
人は、自分たちが住む土地を、まず水との関係で名づけた。
それくらい、水は生活の中心だった。
だからぼくは、廃村を訪ねるときも、まず川を見る。
集落そのものは草に埋もれて跡形もなくても、
川は変わらずそこを流れている。
その川の流れを目で追っていくと、
「ああ、昔の人はこのあたりに住んでいたんだな」というのが、
なんとなく、体でわかる気がするのだ。
地図の上の、青い線。
それは、いちばん古い住所みたいなものかもしれない。
……というようなことを、こたつでぼんやり考えていた正月でした。
今年も、ぼちぼち更新していきます。

コメント